東西の歴史と文化が融合した街
マカオ(正式名称:中華人民共和国マカオ特別行政区)は中国の珠海市(じゅかいし)に接したマカオ半島と、橋で結ばれたタイバ、コロアンの二つの島から構成されている。ポルトガルは大航海時代の1513年に、それまで港町として栄えていたマカオに上陸し、明王朝との交易を開始した。その後、ポルトガルは東方貿易の拠点としてマカオの居留権を、さらには行政権をも獲得し、1999年12月20日に中国に返還されるまで、マカオはポルトガルの統治下にあった。マカオはまた、カトリック教イエズス会の東・東南アジアへの布教活動の拠点でもあり、中国大陸における唯一のヨーロッパ人居留地となっていた。そのため、東西の文化、思想、技術が融合し、独特の文化が形成されたマカオには、中国最古の西洋建築である要塞や、西洋風の広場など、西洋の伝統的な建築様式と中国の様式を合わせ持つ公共建築が多く残っている。歴史的建造物のほかにも、『マカイエンサ』と呼ばれる西洋の顔を持ちながらも、東洋の伝統を継承するポルトガル人と中国人との間に生まれた人々もまた、マカオにおける大航海時代の名残といえる。
以下は、マカオ歴史地区として登録された22の歴史的建造物と8つの広場
『聖ポール天主堂跡』【写真:上】
1582年から1602年にイエズス会士によって建築された天主堂は、マカオの最も有名な歴史的建築物のひとつ。1835年の台風時の火事によって焼失した。今現在、南側の石造りのファサード(建築物の正面デザイン)と、この天主堂を創設・維持したイエズス会士の地下納骨堂からなっている。小さな丘の上にあり、66段の石段が続いている。
『セナド広場』 【写真:左】
ポルトガル人が建てた、美しいさざ波模様のモザイクが敷きつめられている広場。マカオらしいエキゾチックで上品な街並みになっている。
『聖ドミニコ教会』 【写真:中央】
1587年に建てられた中国で最も古いポルトガル風の教会のひとつ。バロック式の祭壇には神々しく美しい聖母子像が祀られている。
『媽閣廟』 【写真:右】
マカオという呼び名の原点になったといわれる中国寺院。1488年に建設された由緒ある寺院で、岸壁に張りつくように建っている。船が鮮やかに描かれた巨石や、漁の様子に似せたお賽銭入れがあるなど海を中心に暮らしていたマカオ住民の生活が目に浮かぶ。
[その他]
カテドラル(大堂)、聖アントニオ教会、聖ローレンス教会、ナーチャ廟、旧城壁、モンテの砦、盧家屋敷、民政総署大楼、港務局大楼、リラウ広場、ロバート・ホー・トン図書館、聖オーガスティン広場、聖オーガスティン教会、ドン・ペドロ5世劇場、仁慈堂、カーサ庭園、新教徒墓地、ギアの灯台およびギア教会